REPORT
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暮らして楽しいまちを
自分たちでつくるために必要なこと
有田川キックオフフォーラムに350人が参加!
ポートランド市との連携のキックオフとして7月21日、
有田川町きびドームでまちづくり講演会を開きました。
ゲストスピーカーはポートランド市開発局の
山崎満広さんとエイミー・ネイギーさん。
町内外、京都や東京から350人が参加してくれました。

有田川の2040年をみんなで考える

まちに眠る資源として、場所やものをフィールドワークで探しましたが一方で、有田川の未来を考える「住民」はどのくらいいるのでしょうか。今回、住民主体のまちづくりをポートランド市から学ぼうと有田川町主催で開いたフォーラム。結果、参加者は350名。そして、その参加者の多くが若者たちでした。

今回の目的は、それぞれのまちの未来を「本気で」考える仲間を増やすこと。中山正隆町長は「自分たちの未来は自分たちで努力して活性化しないといけない時代。ポートランドと有田川町の共通点を見つけ、地方創生の総合戦略に生かしたい。集まっている皆で地方の未来を考える会にしたい」とあいさつされました。

そんなに遠くない未来、2040年。有田川町の人口は現在の2万7000人から8000人減少すると試算されていて、これは働く世代1人で高齢者1人を支えるという人口形態になります。

講演会の序幕、有田川町地方創生政策アドバイザーの有井安仁さんが「人口減少の背景は子どもを産む20~39歳の女性が流出していること。どうしたらその世代に有田川町に留まってもらい、帰ってきてもらい、移住してきてもらうかがカギになる」と説明しました。有田川町の地方創生戦略は、少しでも人口減少をゆるやかにすること。そして「暮らして楽しいまち」を、住民主体でつくることです。

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ポートランドに学ぶ、
まちづくりのヒント

今回は、そのヒントとなるポートランドのことを、続く山崎満広さんの講演から学びました。どうしてポートランドは「全米で最も住みたいまち」になったのか?

実は、約50年前、ポートランドは「全米一空気が悪いまち」と言われていました。1960年代終わりから70年代にかけ、工業化で環境汚染が進み、車社会の到来で街の中心部に人が住まなくなってしまったのです。そこから現在のように、環境にやさしく「全米で最も住みたいまち」と注目されるようになったのは、自然と共生したまちづくりを官民一体で進めてきたからだそうです。

「まちに何が必要かを市民と意見交換するワークショップを年に100回、200回と開く。自治会にまちをデザインする権限が与えられているので、市民がビジョンを持ち、本気で地域の未来を考えている」と山崎さん。「20分コミュニティ」「シェアエコノミー」といった都市計画のキーワード、クリエイターや起業家を支援する制度など政策の背景を教えて頂きました。

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ポートランド市開発局からみた
有田川の強みと課題

ポートランド市開発局の事業開発コーディネーター、エイミーさんは有田川町での2日間のワークショップを振り返り、閉所する2つの保育所の利活用を提案いただきました。

「田殿保育所は子連れで行けるコミュニティスペースに、御霊保育所は起業を目指す女性が集まる場にできる。有田川町では場づくりの重要性を感じます」とエイミーさん。女性が働き方を選べる選択肢を増やすことが不可欠だとも指摘しました。

最後に、有井安仁さんは「ポートランドは汚染の課題に向き合い、40年かけて『全米一住みたいまち』になった。有田川町の課題は人口減。まちの未来を信じ、自分たちは何ができるかを考えてほしい。ここにいるひとり一人が時代のエンジンになってほしい」と熱く語りました。ポートランドチームとの2日間は、350人が集う大盛況の中で締めくくることができました。

山崎満広さんは講演会の最後にこうメッセージを残してくれました。「地方創生にまちの規模は関係ない。重要なのは人。このまちは何を重要視するか、どんなまちの歴史や記憶を将来につなぎたいのかを考えて。今いる人ではなく、将来主役になる人を今、戦略の主役として掲げてください」改めて、そのまちに住む住民が、まちの未来をつくる主役なんだと感じることが出来たフォーラムでした。